最新の研究状況

はじめに

 地震に先行する動物異常行動の報告は古くから数多く残されているものの実在性を問う研究は進んでいない.それゆえ旧来から地震に先行する物理・化学的な変化と動物の感覚器官や本能などとの関係に関する研究の必要性が指摘されている(例えば力武, 1979).しかし,動物行動学,生態学,生理学,心理学などの総合的な動物学的見地を踏まえた十分な研究は著者の知る限りこれまで存在しない.このような背景から,比較的研究が進んでいるナマズに着目して研究を開始した(野田,2002).特に動物の行動を定量化する手法の開発は,動物学的見地において必要な過程のひとつとして考えられる.本稿では,ビデオ観察によるナマズの行動を定量化する手法を開発するとともに,定量化された行動パターンと外的刺激となる可能性がある雷活動との比較結果を報告する.なお,本研究は千葉大学海洋バイオシステム研究センター「共同研究」において進められた成果を引き継ぐものである(長尾, 2006, 2007, 2008).

■研究方法

 千葉大学海洋バイオシステム研究センターの水族館内の展示用水槽にナマズを飼育して,暗視ビデオカメラを用いての24時間連続記録を行う観察システムを構築した.観察システムは,東京都水産試験場において行われたナマズと地震の関係に関する研究(東京都防災会議地震部会,1980-1992;野田ほか,2004)を、画像解析と行動分類の方法に関しては,野田(2002)と若井(2004)を参考にした.

■観察システム

観察システムの構成は次のとおりである.

1) 観察場所
 千葉県鴨川市内浦,千葉大学海洋バイオシステム研究センター内 水族館(35.1208N、140.1821E)

2) 供試魚
 埼玉県水産流通センターから養殖ナマズ(学名:Silurus asotus),体長約30cm,2尾を購入して観察に適していると思われた1尾を供試魚とした.餌は底棲肉食魚用のペレット状の飼料「ひかりクレストキャット」(キョーリンフード工業株式会社)を週2回程度与えた.

■観察システムの構成は次のとおりである.

1) 観察場所
 千葉県鴨川市内浦,千葉大学海洋バイオシステム研究センター内 水族館(35.1208N、140.1821E)

2) 供試魚
 埼玉県水産流通センターから養殖ナマズ(学名:Silurus asotus),体長約30cmを購入して供試魚とした.餌は底棲肉食魚用のペレット状の飼料「ひかりクレストキャット」(キョーリンフード工業株式会社)を週2回程度与えた.

3) 観察システム
 水族館の展示用水槽(170cm×92cm×80cm)を利用して観察水槽を作製した.天井部にCCDカメラ(Victor TK-C1360)を設置して,PC(Win2000,DELL PowerEdge 200sc)を用いて画像ファイル(JPEG形式)を毎秒で保存するシステムを構築した.システムの時計はNTP同期により毎正時に自動補正を行った.画像処理の過程で二値化処理を施すために,水槽底面を白色として,黒色のナマズと区別を可能とした.ナマズは暗くて狭い場所を好むため,水槽の一部に高低差10cmの低位部を設けて塩ビ管を設置した.さらに地電流変化を水槽内に導くために,建物外部に埋設した2本の電極と水槽内に設置した電極とを接続させた.Fig. 1に観察システムを示す.
 主な改良点の変遷は次のとおりである.
 2005年9月:暗視カメラを使用した毎秒24時間連続撮影システムを構築した.
 2007年9月:地電流を水槽内に導くための電極を屋外と水槽内に設置して両者を接続させた.
 2008年7月:水槽低位部に塩ビ管を設置して,行動していない場合は塩ビ管内に極力停滞するように改良した.

Fig. 1 観察システム


■画像解析

1)対象期間
 水槽低位部に塩ビ管を設置してから観察終了までの期間とした.
 2008年7月28日~2009年1月13日(170日間)
 2)対象行動
 低位部の塩ビ管から高位部へ遊泳して再び塩ビ管へ戻る行動を一行動とした.

3)画像処理
 LinuxサーバにおいてフリーウエアであるImageMagickを利用してナマズの輪郭の抽出を行い,その一行動の複数画像を合成して一枚の軌跡図を作成した.さらに,OpenCV(こちらもフリーウエア)を利用して重心座標を数値データとして求めて,軌跡の描画,遊泳時間,遊泳距離,平均遊泳速度を求めた.


■結果
▼欠測について
 全期間内において,3~7秒程度の欠測が毎分2回発生するなどして欠測が多く確認された.欠測の原因のひとつとして,パソコンのスペックに対してビデオキャプチャーの負荷が大きかったことと,ISDN回線においてWEBサーバへの画像アップロードの負荷が大きかったことによると考えている.
欠測回数は全期間内で347,505回生じた.欠測の継続時間ごとの頻度についてTable 1に示す.周期的な欠測の例をFig. 2に示す.3600秒の欠測が1回発生しているが,これは2008年10月19日の8時台の1時間分である.原因はPCのHDDへの記録の障害だったと考えられる.

Table 1 欠測発生回数


▼行動分類
1) 行動分類表の作成
 記録したビデオ画像を画像解析することによりナマズの行動パターンを分類・記号化した.このことにより物理・化学的要因との比較,平常や異常という行動の定義に関する研究へ進めることが可能となる.まず,行動を記号化するために各種行動要素の抽出を行う.行動要素としては,遊泳軌跡,遊泳時間,停滞時間,遊泳距離,最大遊泳速度などの様々な要素が考えられるが,本研究では,欠測が多いため停滞時間と最大遊泳速度は除外し,遊泳軌跡,遊泳時間,遊泳距離,平均遊泳速度の4つとした.平均遊泳速度は遊泳距離と遊泳時間から求めた.遊泳軌跡は画像処理によりナマズの輪郭を抽出して合成した軌跡図とナマズの重心座標値を求めて描画した軌跡図から目視により分類した.この4つの要素で構成される行動を“行動パターン”と定義する.行動分類の定義をTable 2に示す。遊泳軌跡の分類例をFig. 3に示す。

Table 2 行動分類表

 

 

Fig.3 行動パターン


2) 行動分類の結果
 画像処理の結果,2008年7月28日~2009年1月13日(170日間)において,2,151行動が抽出された.一日ごとの行動回数をFig. 4に示す.なお,欠測部分の行動は不明であるために分類作業には少なからず支障を来した。安定した観察システムと高い精度の画像解析および自動化は今後の課題である。
解析期間内の2,151回の行動を分類した結果,224種類の行動パターンに分類された(Table 3)

Fig. 4 行動回数


Table3 行動分類結果



 行動要素ごとの回数をTable 4に示す.
本来ならば夜行性のナマズは夜間の活動が多いが,本供魚は昼夜問わず活動していたことが認められた(Fig. 5).

Talbe 4 各分類要素の頻度

 

Fig 5 時間帯ごとの活動回数


 月単位の上位10つの行動パターンをTable 5に示す.月によって行動パターンの順位に変化が認められる.

Table 5 月ごとの行動パターンの回数


2008年8月~12月までの月単位における各種要素の割合についてFig. 6に示す.季節的な傾向を捉えるにはデータが不足しているが,9月の遊泳速度は若干速い傾向が認められることや,12月は遊泳軌跡が複雑で遊泳時間が長くなる傾向が認められる.
 全期間内における時間帯別の各 行動要素の割合をFig. 7に示す.この図から昼夜の行動の傾向が掴めると考えたが,顕著な違いは認められない.つまり,昼夜問わず,同様で同程度の行動であったことを示している.

Fig. 6 月ごとの各行動要素の割合

Fig. 7 時間帯ごとの各行動要素の割合



▼雷活動との比較
分類された行動パターンと物理・化学的要因との同時性を探ることを目的として,落雷とナマズの行動変化について比較を行った.雷活動は落雷だけではなく,雷雲の接近にともなう大気電場の変化,雷鳴や降雨による音や振動などの影響も想定される.ここでは,落雷前後のナマズの行動変化の有無について確認を行った.
株式会社フランクリン・ジャパンの全国雷観測ネットワークにより観測されたデータを使用した.データについては次のとおりである.

 中心地点: 千葉大学海洋バイオシステム研究センター
(北緯 35°7′14″/東経 140°11′3″)
 調査範囲: 20km × 20km
 調査期間: 2008年07月28日 ~ 2009年01月13日
 データ元: 株式会社フランクリン・ジャパン
 落雷発生数: 合計106回(雲放電含む)

 落雷地点についてはFig. 8 に示すとおりである.


Fig.8 落雷地点


 落雷前後15分間以内のナマズの行動を抽出したものをTable 6に示す.複数の落雷が認められる場合はナマズが行動した時刻に一番近い時刻の落雷を選出した.

Table 6 落雷時のナマズの行動


 7月29日13時19分48秒の2つの落雷の2秒後にEⅡγ5(頻度順位20位)の行動を示した.同時性という観点においては落雷が行動を誘発したとする仮定が成立する.また8月20日22時12分54秒の落雷(雲放電)46秒前にはDⅡγ5(頻度順位19位) の行動を示した.8月21日19時16分30秒,19時30分27秒,20時20分06秒の落雷(雲放電含む)に対してはそれぞれ約190秒後にBⅠβ4(頻度順位6位),DⅢδ6(頻度順位153位),BⅠβ4(頻度順位6位)の行動を示している.8月29日,12月5日,12月16日の落雷に対しては,落雷時から±約600秒の幅があるが,GⅡγ4(頻度順位105位),HⅤδ2(頻度順位188位),HⅣδ3(頻度順位186位)の行動が認められた.雷活動は雷雲の接近に伴う大気電場の変化や激しい降雨の気象変化なども伴うため,落雷時だけではなく前後の物理・化学的要因との変化の比較が重要となる.

■まとめ
 本研究ではナマズの行動を定量化するための手法を開発した.ナマズの行動を遊泳軌跡,遊泳時間,遊泳距離,平均遊泳速度の4つの要素から構成される行動パターンとして分類した.既往の研究では、定量化のために振動計,通過センサー,筋電位センサーなどが使用され頻度値が得られていたが、行動分析が難しいことが課題として残されていた(東京都防災会議地震部会,1980-1992;野田,2002).本研究において開発した定量化の手法は、行動分析と物理・化学的要因との比較をより詳細に可能するものである.次に外的刺激の要因の可能性がある物理・化学的変化との比較を目的として落雷との比較を行った.この結果、同時性の観点から7月29日13時19分48秒の2つの落雷の2秒後に生じた行動「EⅡγ5」との関係性が疑われた.今後はさらにデータを増やした解析を行う必要がある. システムのスペック上の問題から多くの欠測を生じた。欠測部分の行動が不明であるために画像解析と分類作業には少なからず支障を来した。安定した観察システムと高い精度の画像解析ならびに自動化については今後の課題である。
ナマズに限らず行動分類表は、対象動物の飼育や生息環境などを考慮して、鳴き声なども含む行動の特徴を反映する要素を決定することが重要である.そして、計測機器の性能を超える動物の検知・察知能力や本能的な行動,個体や群での場合,多様な生息環境下における相互作用などを考慮して、動物学的見地から本研究を進める.


謝 辞
 本研究は東海大学海洋研究所の長尾年恭教授,千葉大学大学院理学研究院の服部克巳教授による千葉大学海洋バイオシステム研究センターの「共同研究」の成果(2006,2007,2008)を使用させて頂き,研究を遂行するにあたり有益なご指導とご助言を賜り深く感謝いたします. 東海大学海洋研究所の織原義明特任准教授,静岡県立大学グローバル地域センターの鴨川仁特任准教授,一般社団法人防災減災技術開発機構の藤縄幸雄博士には,研究方法での有益なご助言を頂きました. 千葉大学海洋バイオシステム研究センター技術専門職員の瀧口謙一氏,千葉大学大学院理学研究院技術補佐員の吉野千恵氏には,観察水槽の構築と飼育、観察システムの保守などにおいて多大なる協力を得ました.株式会社フランクリン・ジャパンには、貴重な雷データをご提供頂きました.深謝の意を表します.


資料1:ナマズの行動分類結果
資料2:ナマズの活動プロット図
資料3-1:ナマズの遊泳軌跡(輪郭抽出処理による)
資料3-2:ナマズの遊泳軌跡(重心座標計算による)
資料4:ナマズの行動と落雷活動との比較図