日本の地震予知

上田誠也氏(東京大学名誉教授)

 私は東京大学地震研究所在職中は地震予知に全く関心がなく、そんなことはできるはずが無いのにみんな何をやっているのか、と横目で見ていた。ある段階から地震予知はできるべきである、しかもできると思うに至ったのだが、それは定年近くになった頃のことだ。
 いきなりprovocativeな話題だが、「原子力村」という言葉。 私は知らなかったが、皆さんはつとにご存知だ。これについて最近、新潮45 2011 7月号に“「原子力村」に加担した「地震予知村」の大罪”(塩谷喜雄)なる論説が出た。地震予知そのものに対するこの人の意見には不毛な点も多いが、 “二つの[村]は官僚機構と学界のご都合主義が生んだ「双幅の騙し絵」”とする点は実に当を得ている。偶然とはいえ、今日のお話はふたつの“村”にかかわるわけだ。「原子力村」については、私は詳しくは知らない。しかし「地震予知村」が非常に悪い村であることはよく知っている。今日はそのこともお話したい。
 3.11大地震の当日、キルギス、ギリシャでの地震予知研究から帰国、成田から自宅に帰ってテレビをつけた瞬間に、地震ニュースがパッと目の前に出てきた。何か演習でも始まったのかなと思うまもなく、本棚からものがバタバタと落ちだした。実はあの日は積年の所論を記した「どうする日本の地震予知」(中央公論の4月号、地震前日の3月10日発売)(資料配布)を、成田で買って車中で読んで家に帰ったところだった。事態の重大さと力のおよばなさに加えての、重なる偶然に暗然たる思いで、この記事は何人かの人にお送りした。時宜を得た点もあり比較的大きな反響を呼んだ。
 先ほどキルギス、ギリシャの旅といったが、キルギスは現在はキルギスタン国だが旧ソ連領だ。ソ連の学者が天山山脈中腹の絶景の地に地震関係の研究所を作って、長年そこでユニークな研究をしている(図1)。その研究はロシア以外ではほとんど知られていないが、我々は偶然それを知ってすでに何回か訪問した。我々は地震の前に起こる電磁気現象が、地震の前駆現象として予知に役立つだろうと言っているが、彼らは人工的に地中に大電流を注入すれば地震を誘発できるという実験もやっている。我々としては、そういうことをうまくやれば日本でも大地震が起こる前にナマズを手なずけることができるのではないかと考えて、また11月に行って一緒に研究を進める予定だ。日本では地中に大電流を流す実験など滅多なことではできないが、天山山脈の山奥ならそれができるのだ。


図1

 その次のギリシャでは、VAN法という地電流を測って地震を予知することを30年もやっている。この研究とのめぐりあいが、私が地震予知はできるという確信を持つに至った理由だ。今年ギリシャに行ったのは3月8日だったが、これが偶然、彼らの観測開始の30周年記念日だった。 図2には1985−1997年のマグニチュードM5.5以上のすべての地震が丸で書いてあるが、黒丸が予知成功地震だ。これはずいぶん前の話だが、その後もずっとやっており、さらに優れた成果を実際におさめている。ところが、これもほとんど世界に知られていない。知られていないということではなくて、知られても地震予知をやっている連中はこれを認めようとしない。こんなことができるはずがないとか、できているのがインチキだろうとか、全く無視するとか、そういう態度だ。国際的「地震予知村」だ。「予知村」を攻撃する地震予知不可能論者(後出Geller氏のような)も成功されては困るから勿論VAN法が嫌いだ。
 ギリシャではVAN法は“またも予知に成功した”などと新聞にでかでかと出る。しかし、日本では全くそれが報道されない。日本のmediaが他国の地震予知に興味が無い筈はないのに不思議なことだ。先日、在ギリシャ日本大使を訪れた折に、いったいこれは何事でしょうかねと話題にしてみた。そうしたら、大使もほとんどにご存じなかった。20年くらい前だが、私がVAN法に遭遇して興味を持った頃には、一時新聞紙上をにぎわしたことがあったけれども、今は全然報道しない。またこれも「ムラ」のなせるワザの一つかも知れない。邪推ならいいが。

図2

 それやこれやは前座で、本題はこれから始まるのだが、「読者諸氏は日本では当然のことながら地震予知のための研究は行われている、と思っておられるであろう。 しかし実はそうではないのである。」といったのがお手元の中央公論記事の書き出しだ。「ムラ」においては、ほとんど地震予知に役立つ研究をしていないのだ。これがまさにだまし絵の実体なのであって、私の言いたいことの第1楽章だ。繰り返そう。国民は、「国は地震予知研究を行っているはずだ」と思っている。国の地震予知計画は「基礎研究重視」というお題目のもとに年間百億以上の国費を消費しているのだから、国民がそう思うのは至極当然だろう。しかし、実はもっとも本命の短期予知研究に役に立つ研究はほとんどやっていないのだ。地震予知の名目で予算をとりながら、官・学ともに「地震予知は不可能」ときめ、「不可能だからそのための研究も不要である」というのである。「予知などしなくてもよいけれど、金は使ってもよい」ということで、「ムラ」体制は安泰なのだ。しかもこれらの事実を国民は知らない。国民もmediaもみんな、だまし絵に騙されているのだ。今度のような“想定外”の超巨大地震・津波が起きても、「予知はできない」論がますます大手を振って、予算の増大が取り沙汰されているのだ。皆さんが別の「ムラ」の方だったらびっくりなさらないかもしれないが、私には驚くべきことだ。
 ここで私が言いたいのは、いまや短期地震予知は本当は学問的には射程内にあるということだ。先ほど申し上げたとおり、ギリシャでは実際にそれが出来ている。日本ではおなじことが出来てはいないが、それには我々の努力不足以外にも理由がある。日本では地電流を観測すると、ギリシャとは比べものにならないほどノイズが大きいのだ。ノイズ源はほとんど電車なので、日本みたいに直流電車が走り回っていると観測が非常に困難なのである。しかし、電車のない伊豆の神津島などでは確かな成果(後述)を上げているのだから、VAN法が原理的に不可能ということはない。
 地震予知とは何かというと、釈迦に説法だが、何時、どこで、どのくらいの大きさの地震が起きるかを、役に立つ精度で決めるということだ (図3)。それには長期(数十年から十年)、中期(数年から1年)、短期(1年から数分)といろいろあるが、私に言わせると大事なのは短期予知なのであって、“10年後に30%”なんていうのはほとんど意味が無い。ところが、日本では一番大事な短期予知の研究だけやっていないのだ

図3

 今、日本でやっているのは長期・中期予知だけだ。それは何のことは無い。過去の例に基づく統計だ。今後20年のうちに何パーセントなどといわれても、長期的国土計画の立案などの目安にはなろうが、それ以上の意味はあまりない。それではうんと長期を見ているかというと過去1000年は見ていなかった。1000年に一遍のことが起こるとは思ってもいなかった。逆に緊急地震速報は、地震は既に起こっているのだから予知ではない。予知ではないけれど、少しは役に立っているなと思えないでもない。現今の状況では、どこで地震が起こったかがすぐわかるのは有難いからだ。
 しかし、断然大事なのはやはり短期予知なのであって、これをやるためには先行現象、あるいは前兆現象の検出が絶対に必要だ。前兆・先行現象なしに予知するというのは神がかりの世界だ。前兆現象が絶対に必要なことはよくわかっているけれど、「ムラ」はその検知努力をやらない。そのわけはあとでだんだん話をするが、前兆現象が主に非地震情報だからなのだ。地震が起こる前の情報だから当然地震そのものではない。しかも前兆・先行現象は地震発生の原因である必要も無い。地震が起こる前に起こってくればいい。だから、地震学者はこれには興味を持たない。そんなもので予知ができたって地震学者はちっともうれしくない。むしろ、されては彼らの立場がなくなるくらいに思っているだろう。前兆現象は実際にはどういうのかというと、電磁気的な異常、地殻変動、地下水位、温度、成分などが主役だが、いわゆる宏観現象、つまり動物の異常などもある。地震活動だって大いに役に立つことがある。いずれにしても前兆・先行現象の検知が本命なのだ。
 長期予知の例(図4)。文部科学省・地震調査推進本部 (嘗て科学技術庁・地震予知推進本部といわれた組織の予知の名が取れた現代版)が作った30年以内に震度6以上の揺れに見舞われる確率図だ。これにR. Gellerさんが、最近起こった大きな地震を書き入れてみると、大多数が確率の少ないところで起こっている。つまり長期予知は当たっていない。それでも彼らはびっくりしない。「これは確率ですから」


図4

 何でこんなことになったのか。それは私の話の半分くらいを占めることだが、一言でいうと、“地震予知計画が地震学主導だから”である。1965年頃に地震予知研究計画発足するにあたって、これは地震学者のやることだと誰もが思った。地震のことを一番良く知っている地震学者にまかせようと思うのは当然だ。ところが、地震学者達は地震学のことしかわからないから、主眼は地震観測網を作れ、となった。これもまあ、当然だろう。ところが、いくら作っても足りないぞ、足りないぞ、とこれに人員、予算を集中してしまった。毎年毎年予算も人員も付くからもう止められなくなってしまった。だから他のことまでは手が回らない。地震現象を広い眼で見るのが本当の地震科学なのだが、彼らには起きた地震の力学的側面しかわからない。大学の地震学ではそれしか教えないのだ。少しでも考えれば、短期予知には前兆現象が必要なこと、地震観測がそれには不向きなことはすぐわかるのに、地震観測充実計画の既得権が出来てしまったものだから、思考停止して、非地震観測・前兆検知努力は事実上まったくなされないことになってしまった
 これでは短期予知はできない。当然、阪神大震災も予知出来なかった。そうするとさすがに世の中の批判が高まって、何とかせねばということにになった。それでいろいろ反省が行われた。ところがいくら考えても建前上は前兆現象の検知努力という玉虫色の作文でお金をどんどん取っていたわけだから、過去が誤りだったとはいえず、(これは正に「ムラ」の特徴だと思う)何と言って逃げたかというと、「前兆検知は出来なかった。それは誰にも出来ないことだ。故に現在の科学では短期予知は不可能である。したがってその研究も無意味である。もっと基礎研究をすべきである」ということにしたのだ。日本では地震予知の研究を止めるというわけにはいかない。そこで「ムラ」の諸公の編み出した組織防衛の軟着陸が日本の地震予知体制の現状なのである。だから「短期予知はできる」などの発言は既得権益にとって迷惑な不規則発言。地震学以外の方法で予知を成功されたりしたらもっと迷惑。かくて既存体制は温存され、しかも短期予知はしなくて良いということになったのである。
 我々がこういう研究をすべきだと提案すると、「非地震学手法は未確立なのだから科学研究費でやりなさい」といわれる。未確立などとは何を言っているのか、地震観測で何か一度でも予知手法を確立したことがあるのか、と言いたいのだけれど、地震計で地震は必ず測れるから彼らは確立した方法だとおもうのだろう。「電磁気的な観測では何を測るのかよくわからないじゃないか、だから確立していない」と。全くサイエンスを理解しない論理だけれど、やむなく科学研究費でやろうとすると、更に実に驚くべきことに、科学研究費には地震予知という項目が無い。項目が無いのにいくら応募しても通るわけが無い。しかも、少なくとも項目に入れよと提案すると、それにも「ムラ」は猛反対をしたのだ。
 悪口ばかり言ったが、既存体制によってお金がどっさり付いて、地震観測網は増えに増えて、日本中に地震計が並んでいていろんな観測が進み、いまや詳しいことがいろいろわかる。もっとやればもっと詳しいことがわかると、とどまるところが無い。さらにGPSも沢山あって、リアルタイムで日本の地上の変動がわかる。それらは有用な情報ではあるが、何か短期予知に役立つ事前情報が出たかというとまだそれは無い。
 さてそういう情報によって、日本での地震はどういうことになっているかを見てみよう。図5は日本のあたりの地震の分布で、深さで色を変えてある。プレートテクトニックスによると右図のように太平洋プレートとフィリピン海プレートが沈みこんでいるので、盛んに地震が起こる。M6以上の地震が月に1回くらい起こっているが、プレートテクトニクスには短期予知能力は無いので、大体ここで起こるくらいのことは言えても何時起こるかはわからない。


図5

 今唯一、短期予知のターゲットとされているのは東海地震だ(図6)。南海トラフのところに震源域が並んでいるが、1940年代にここが最後に残ったので、「つぎに起こるのはここだよ」というのが東海地震だ。これを言い出したときに、さあそれが起こったら大変ではないか、というので大震法(大規模地震対策特別措置法)が出来た。気象庁が常時監視して、前兆が出たときに内閣総理大臣が警報を発令して対策をとるというのが建前だ。前兆が出るだろうという科学的根拠は1946年の東南海地震の直前に御前崎が急に上昇したことだけれども、観測が戦後すぐの話だから危ぶむ人もいる。しかし、もしこの程度の大きさの地殻変動が起こればおそらく今の技術をもってすればつかまるはずだ。つかまったにしても、ある日、はじめてこれが起こったとき、判定会の皆さんが一体これは何じゃなどといっているうちに地震が起きるのではないか、というのが私の怖れだ。しかも地震は図6の震源域で別々に起こるとしていたのに、歴史的には大抵連動して起こっている。なんで今頃になって連動して起こるかもしれないといって騒ぎ出しているのだろうか? 因みに、東海地震はいつ起こってもおかしくないと言い出してから30年近くたっている。だから中期的、長期的にはもちろん失敗している。短期的には失敗していない。なにしろ、まだ起きていないのだから

図6

 ではアメリカではどうかというと、アメリカには皆さんご存知と思うが、San Andreas断層というものがあって、アメリカの地震は殆どここで起こっている(図7)。そこには Parkfieldというあまり人が住んでいない場所があって、1857年の観測開始以来、ほぼ22年おきに規則的に地震が起こっているので、別に予知しなくても良さそうなものだが、1985年になって、これから5年以内にM6が起きると中期予知した。そのうち1992年になっていよいよ72時間以内に起きるよ、という公式発表を出した。しかし何も起きなかった。実際には12年後に起きた。だから22年ごとに起きるという規則性すら満たされなくて、長期的、中期的、短期的に何にも成功しなかった。アメリカの連中は予測したところで起こった、といって喜んだりしているが、そんなことははじめからわかっている。これではだめだ。

図7

 世界的にみると、1960年から1970年にかけて、ロシア、日本、中国、そしてアメリカなどで国家的地震予知プロジェクトが発足した。そして、1975年には中国は海城(ハイシャン)地震で目覚しい成功をした。目覚しい成功とはどういうのかというと、町の人に「今日の午後に地震が来るから外に出ていろ」といったので、みんなが外で映画を見ているときに地震が起こって殆ど人命被害が出なかった。大成功だったのだが、これはその日の朝からものすごい数の小地震(前震)が起こって、誰だって怖くて外へ出るという状況だったそうだ。それにしても圧倒的に成功をしたものだから70年代は世界的に圧倒的楽観論が支配した。アメリカでは有名なショルツ・モデルなる“万能モデル”が発表されて、日本の予知専門家達を悔しがらせた。しかしそれらはすべて一時的なうたかた現象だった。75年にはすぐ後に唐山地震の直前予知に失敗して、何十万人という人が亡くなった。一方、ショルツ・モデルも支持を失い、70年代末には楽観論はほぼ壊滅し、それが現在まで続いている。私はそれは当然だと思う。そもそも地震学では地震短期予知はできっこないのだ。何か珍しいことが起こって、一時楽観論が起こるけれども、必ず悲観論が勝つ、というのが必然的歴史なのだ
 そこで出てくるのは、東大のRobert Gellerというアメリカ人の地震学のプロフェッサーだ(図4で前掲)。東大大学院の地震学のプロフェッサーというと、普通だと日本では一番権威のある地震学のプロフェッサーの一人だ。彼は東大がパーマネントに雇ったごくはじめの一人だが、この人は地震予知が大嫌いだ。彼は「日本政府は欠陥的手法を用いた確率論的地震動予測も、仮想に過ぎない東海地震に基づく不毛な短期的地震予知を即刻やめるべきだ」「今こそ、地震予知が不可能であることを率直に国民に伝え、東海地震予知体制を廃止して、大震法を撤廃する時である」と最近ネイチャー誌に書いた。この主張は私が初めに紹介した新潮45の「地震予知村」の記事と内容は殆ど同じだ。地震学では地震短期予知ができないのは当然でのことなので、「ムラ」に属さないこのひとは地震屋さんとしては「正直」なほうだ。ところが「予知はできないのだから予知研究もやめよう」というその後の論旨はなんとも頂けない。地震学者Geller氏の限界なのだ。我々は「地震予知学ではそれが出来る。だからやるべし」と言っているのだが、地震屋さんにはそれがわからない。地震学以外についての彼らの無知や、その無知についての自覚のなさはほとんど絶望的だ。「地震予知学と地震学とは違う学問なのだ」というのがみそなのだが、それをこれから説明する。
 ここで今回の3月11日に何が起きたのかを反省してみよう。(ここから先は若い人のスライドを借りてきたのがかなりある。一々出典を添えない場合もあることをお断りしておく。)東日本・関東大地震はM9、15メートルくらいの津波が来た。原発はメルトダウンした。これは未曾有のイベントであり想定外であった。


図8

 図8は震度の分布だ。地震計のみならず震度計もたくさん置いたので、日本中の震度が出る。こんなにたくさん震度計はいらないと思うが、あってもそんなに害がないならまあいいとしよう。とにかく起こったことはよくわかる。緊急地震速報というのも出た。津波警報も出た。GPSもたくさんあるから、すぐに地面がどれだけ動いたかが出る(図9)。ここのところは540センチ、5メートルくらい動いた。最大107センチ海岸が沈んだ。こういうのがすぐ出るのは見事といえば見事だけれど、短期予知的にはそれだけのことではある。

図9

 図10の左隅で見るように、太平洋プレートが沈み込んでいくと陸側も引っ張られて一緒に沈み込んでいく(平常時)。地震のときにそれがぱっと跳ね返る(地震時)。それが津波も起こす。これはよく言われている話だが、比較的解説がないのは、海底が跳ね上がって津波が起こしたときに、なんで海岸が沈んでしまったかだ。実はこれは当たり前なことで、板みたいなものの先があがれば、元の方は下がるわけだ。ところで、本震9.0の震源域とあるのが震源域だ。こんなに広い震源域はいまだかつてないわけだから、皆さんびっくりして、“これは想定外”となった。無理はないと思う。


図10


図11

 そこでは実際には何が起こったかを示すのが図11だ。左が本震が起きるまで、右が起きてからの震源の分布だ。3月9日にここでM7.3が起こってその周りでわっと地震が増えたが、それ以前は地震は余りなかった。3月11日から4月13日までの地震の分布は、一ヶ月くらいの間にものすごくたくさんの地震が起こって、しかもこんなに遠くのほうにもたくさんの地震が起こりだした。伊豆でも富士山でも地震が増えた。これらは広い意味では余震なのだけれども、誘発地震といわれている。今の状況からいうと、まだしばらくは続くだろう。何が起こるかわからないというところだ。
 この地震は想定外だったという。地震学者には地震計で測れたことしか信用しないという習性がある。地震計の記録にないことは彼らにとっては存在度が薄いらしい。したがって、観測された地震の震源域だけが有意義な震源域で、たまたまそれがみんな小さかったわけだ。それによってアスペリティー・モデルなどが、金科玉条となっていった。古代とか中世に起きた自然災害については、震源の位置もうまく決められない。震源の位置が決められないものは地図にも書けないから、地震学者にとってはなかったようなものだ。それでは超巨大地震を想定することはできないだろう。更にいうと、先ほどもでてきたが震度予測図というものになって、福島県は安心安全だとの根拠となった(図12)。罪深いことではないか。


図12

 しかし、原発の危険性は実は必ずしも想定外ではなかった。2009年に東京電力に対して、「安全神話」に警鐘を鳴らしたひとがいた。産業技術総合研究所の岡村行信活断層研究センター長が原発の安全性を検討する経済産業省の審議会で、東北地方に大津波をもたらした869年の貞観地震の津波の再来性を指摘したのだ。東電側は、本当かどうか知らないが、それは歴史上の地震で耐震設計上考慮する地震にはならないと述べ、指摘は反映されなかったそうだ。東電では津波の痕跡調査結果などを全く考慮しないで、もともとは30メートルの高さの土地を、海水を汲みやすくするために20メートル掘って10メートルまで下げたという。本当ならとんでもないことをしたものだ。


図13

 津波は確かに大きかったし、地震そのものも大きかったが、M9クラス地震はこのように最近だけでもいくつか起こっていた(図13)。1960年のチリ地震が最大だった。2000年代になって2004年、2010年、2011年と起きているわけだから、東北日本でだけは起きないだろうなどとは言えた義理では無い。この点については多少私にも責任がある。30年位前にプレートテクトニクスをやっていた頃に、チリのような東向き沈み込み帯と、マリアナのような西向き沈み込み帯とではが少し話が違うので、超巨大地震は西向き沈み込み帯では起きないだろうなどと言ったものだから、上田さんがこんなことを言ったと、私のせいにする向きもある。2つのタイプの沈み込み帯の考え自体は今でも正しいとおもうが、まあ、甘んじて責任の一端は受けよう。

図14

 図14にみられるように、M9クラスの地震は観測開始以来、1950年から1965年までの間に、はじめて4つ起こった。しばらく起きないでまた起こり出した。超巨大地震は世界的にも群発的に起こるのだろうか。あるとすれば面白いことだ。日本の地震とアメリカの地震が関係あるかとか、東北の地震と関東の地震は関係あるかというと、「ありません」というのが識者のとおり文句だ。わかりませんというのが筋だと思うのだが。
 ついでなので、皆さんの中に火山もご心配の方もあろうかと思い、図15を拝借する。富士山も割合と規則的に噴いている。1707年からが空いているのが気になる。だから何年後かしれないが、いずれ噴く。東京にも灰が積もって大変になるだろう。

図15

 ここで話を戻すが、阪神大震災のあと皆で反省して地震予知計画を練り直し、「地震および火山噴火の予知のための観測研究計画」という題目で新計画が始まった。「予知のための」という言葉がそのときには入っている。しかし先ほどから言っていっているとおり予知のことは何もやっていない。その計画の10年目の去年くらいから、いったい予知しない予知計画がいかがなものか、という批判が高まってきた。そうすると「予知村」はうまいこと逃げる。2009年度からの計画では、いままでは予知などという文言は入っていなかったのに、いろいろな文言を入れた。「安全で安心な社会を実現するという観点から地震・噴火を予知することはきわめて重要である」。「今後は予測科学的な視点を重視していく必要があり、さらに予測システム開発をより明瞭に志向した研究に重点を置く」。これでは何のことかわからない。予測システムの開発というと、また地震計をもっと沢山置けということだろう。これは「ムラ」得意のリセット作戦だ。予知成果を上げないで10年くらい経つと文句が出てくる。そこで表題を変えたり、題目を変えたり、文言をちょっと変えたりしてリセットすると、また10年くらい大丈夫だ。 文科省の担当官も変るし、研究者も変るから、10年後には誰かがまたリセット作戦をやればいい
 ここで、私としては、今や短期予知は射程内にあるということを再度主張したい。地震予知については悲観、楽観説の相克を、ずっと何回もやってきたわけだが、今度だけは違うよ、ということだ。今度だけは違うという意味は、今までの相克はすべて地震学者同志で、出来た・出来ないと大騒ぎしてきた。しかし、彼らにはもともと出来っこないことなのだ。だが今度は初めて、本当にそれができる我々が登場したのだから話は違うということなのだ。なかなか説得性に乏しい論理だけれど。まあそういうことだ。
 「地震学」と「地震予知学」の違いについて、指摘しておきたい点は短期予知のための前兆現象は地震を起こす要因でなくても良いということ。地電流異常が地震を起こすとは誰も考えない。そこで地震学者は短期予知に興味を失う。前兆現象は次第に高まるストレスによって、地震前に発生すればよい。地震が起こるときには破壊核が出来て、プレスリップが起きてなんていう地震学最先端の地震破壊核形成モデルなどの必要はない。発生メカニズムなど全部わからなくても、短期予知は可能なのだ。
 それでは、予知のためにどういうことをやったらよいのか。基本的には地震学的ではない方法を採ることだ。地震学は全部いけないというわけではないが、例えばラドン放出とか、井戸の水位変化、温度変化、化学成分の変化など非地震学も大いにやらなければいけないということだ。図16はラドン観測の例だ。神戸のときだが、神戸薬科大学が非常にいい結果を出した。ずっと10年間の記録があってここでビューッと上がって、ここで地震がおきた。地震で記録が取れなくなったが、しばらくして戻りだした。これはすごくconvincingな成果で、この方々は盛んに論文を書いて、本まで書いている。しかし、この観測はここで打ち切られた。地震予知研究などは薬科大学の守備範囲ではないと、予定通り、ここでおしまいになったそうだ。当たり前といえば当たり前かもしれないが……。


図16

 私の研究に最も直接関連するのは電磁気的変化だ。それには地球磁場の変動、VAN法の地電流変動などの他に電波の伝わり方の変動もある。放送局から発射されたVLF電波は電離層で反射して帰ってくるので遠方でも放送が聞こえるわけだが、地震のまえには震源の上の電離層にどうも異常が起こるらしくて、ちょっと早く着いてしまう。電離層が下がってくるのではないかといわれる。FM電波の異常伝搬(図17)もある。FMの電波は高周波だから電離層を突き抜けていって帰ってこない。だから遠くにはつたわらない。しかし隕石が落ちてくると、それによってぱっと反射して戻ってくる。飛行機が飛んでもわかる。雷がなってもわかる。ところがそんなことが何も起こらなくても、地震の前に戻ってくる。串田さんという天文屋さんが八ヶ岳の観測所で神戸(地震)のときにそれを発見して、短期予知に熱中しだした。
 電離層に変化があるものならば、人工衛星で電離層を上から観測しても何か見えるべきではないか。そんな衛星(デメータ衛星)を2004年にフランスがあげた。自国に地震などほとんどないのにそれをやったのだから、彼の国は文化国家だと思う。観測データで衛星のメモリーがいっぱいになってしまうので、日本の上空を通るときに吐き出すから受信してくれないかといってきた。データをただでもらうような話なのに、日本のNASDA、(今のJAXA)はそれをお断りした。その理由が、「まだ確立された方法でないから全国的に支持が得られない」と言うことだったらしい。国辱的なことだが、またも文化国家日本の「ムラ」だ。

図17

 先ほどのVAN法という電磁気の話だが、Varotsos, Alexopoulos, Nomicosという3人の名前をとって、VAN法といわれている。これは簡単に言うと多くの地点で地電流を連続観測していると地震の前に異常な信号がでる。それを計ることによって来たるべき地震の場所と、大きさと、時期を予知する。精度は信号(SESとよばれる)の検知から数時間ないし一ヶ月以内、震央は半径100キロ以内、マグニチュードMは0.7以内といったところ。対象地震としてはギリシャの中でMが5.5より大きい地震。その成果が先ほどの図2のとおりだ。予知は30年も前から実際にできている。その後もますます優れた成果をおさめているが、それはすごい努力の賜物なのだ。前述のように日本では電車などのノイズのせいもあって、ギリシャでのような成功は出来てはいないがSESは出る。
 図18は岩手山での一例。 岩手山の近くに観測線を張って観測をしていたら、ある日の早朝、ぴゅーっとシグナルが出て、「これがSESか」と思っているうちに、2週間くらい後に地震(赤丸)が起こった。日本では電車から遠い離島などが更に好適地だ。島でしか予知出来ないのではだめだという人もいるが、サイエンスとしては島での成功にも意義はある。

図18

 図19は神津島の結果だ。こういう測線を張ってやると、島の周りで地震が起こると、その信号が出る。電気のシグナルだからプラスマイナスがあるが、プラスが出るのと、マイナスが出るのと、地わけがされる。われわれとしては凱歌をあげて、いいぞいいぞと思った。しかし、我々の研究計画は国際的な外部評価もよかったが、2002年で切られてしまった。お国の方針が短期地震予知の研究は支持しないと決まったからだ。

図19

 地電流に比べると電波の観測は易しい。ノイズの少ない広い土地を探し、そこに多数の電極を埋める地電流の観測は我が国では難事業だが、電波観測はアンテナさえあればいい。先ほどの串田さん発見のFM電波異常だけれど、北大を今年定年になった森谷先生という人が、北海道で大規模な観測網を張ってやっておられる。こういうことをやれる人の多くは定年組だ。なぜかというと若い人にはポジションがないからだ。あまつさえ就職難のうえ、あってもこんなことはやれないポジションばかりだ。皆さんも定年になられた方々だからお分かりになると思うが、やりたいことが出来るようになるのは定年になってからだ。
 図20は北海道の襟裳岬あたりのことだが、ここにはたくさんの地震が起こっているところがある。森谷さんはここでも徹底的な観測をやっている。そうしたら非常にきれいな結果が出た。実際、これらの地震に関する限り、殆ど100発100中の予知をしているらしい。おもしろいのは右図、地震エコーと森谷さんはおっしゃっている信号が、何分間続いたかを全部足すとその対数が、地震のマグニチュードや震度に関係してくるという。森谷さんだけは日本の予知計画が支持してくれている。

図20

 ところで、この地震エコーがある観測線には実は2010年6月くらいから続いて出ていた(図21)。それまで全然そんなことはなかった。増えて、増えて、だんだん減り、やっと11年の1月くらいになってずいぶん減って、ここでふっと消えて、3月11日にかの超巨大地震がおきた。これはまさに“想定外”の前兆現象だったのではないか?
 そうしたら、またこれが起こり出している。これは5月9日現在、まだ盛んに起こっているわけで、今までそんなことはなかったから、また何か起こってもおかしくはない、と森谷さんは今後の注意が必要としている。ブキミなことだ

図21

 更にもうひとつ、低周波(VLF)発信局からの電波を利用しての短期予知は、電気通信大学の早川さんという方がずっとやっておられる。図22の例でJJY、JJIは発信局、星印は受信点だが、JJYとMSRをつなぐ楕円内の地震はVLF電波伝搬の異常から予知ができるという。そういう楕円が複数あれば震源がちゃんと決まる。今度の場合ははるか沖合で起こったものだから、日本中の発信局のゾーンに入らなかった。だから前兆は取れるはずはないと思っていたがよく調べてみると何か取れていた。アメリカの放送局(USAと書いてある)から来ている電波の異常だ、大いに興奮しておられた。日本国内の地震ならば何ヶ所かの放送局のクロスをとると震源がよく決まるので、早川先生は最近では会社を作って、有料で予知情報を流している。そんなことはもってのほかだという学者もいるかもしれないがが、政府から研究費が出ないのだから、社会に有用な情報で稼いで研究を進めるというのは合理的だ。成功が望まれるところだ。因みに早川先生も今年定年になった。

図22

 今度の地震で話題になったのは北海道大学の日置(へき)さんという方だ。彼はTEC(Total Electron Contents)、即ち人工衛星から観測点までの視線の間のトータルのエレクトロンの数に、地震の起こる40分くらい前から異常が起こりだしたという。これは地震前40分のことだから地震屋さんも受け入れやすいようだ。しかし、観測結果の解釈そのものについては異論を唱える専門研究者もいる。
 地震の前に地中から何かシグナルが出てくるというのはまだわかるが、地震の前に100km以上も上空の電離層に変化があると言われてもなかなか納得しにくいだろう。ところが先程からの結果からはそういうことがおこっているとしか考えられないのだ。それは今やLithosphere-Atmosphere-Ionosphere Coupling (LAI Coupling) あるいは岩石圏―大気圏―電離圏結合という概念として提唱され、世界的にも研究題目のトップとなっている。そのメカニズムについてはまだ多くの仮説の飛び交うのが現状で、現象的には確かに起こっているがメカニズムはまだわからんというところだ。
 最後に全くの新しい件にちょっと触れよう。まず図23をご覧いただこう。今回の東北の地震の前に出現した現象である。縦軸は日本地域の地震活動度を表すあるパラメータの“揺らぎ”量(Variability of Κ1 と示した)だが、それが今年の初めぐらいから急上昇し、大地震に至った。こんなすごい前兆現象は未だかつて見られたことがない。もし、これが本当としたら大発見ではないかと思っているところだ。この現象は今まで調べたところ、1995年の阪神大地震、2003年のM8.3十勝沖地震の前にもおきたらしい。悪い癖で話の時間を超過してしまったので詳しい説明にはあまりに時間がかるし、この研究自体が始まったばかりでまだ不確定要素が多いので詳細は遠慮させていただくが、簡単に述べると、以下のとおりだ。
 臨界現象、すなわち“相転移”という立場で、しかも自然時間(Natural Time)という新しい時間概念を用いて地震現象を見直すといろいろ新しいことがわかるということが、Varotsosさん達と私達の研究でだんだん出てきた。この件もその一つ。“相変化”に関わる“相”にはそれを既述する秩序パラメータという量(地震の場合にはΚ1)がある。この量は気象庁などが発表する地震カタログをNatural Timeの手法で解析すると逐次計算することができる。その結果、大地震寸前にそのΚ1なる量の値が大きく揺らぐことが推定されたのだ。それが図23だ。以上の説明では全く意を尽くせないが、今回はこれにてご寛容を。


図23

 以上、急いで短期地震予知への眺望を概略した。結論に入る。未だ決定打には不足しているが、我々の研究は従来の地震学主導の計画に比べれば明らかに成功可能性が格段に高い。これをやれば3年、5年で実用化を完成させるなどと約束はできないが、これをやらなければ短期予知は決してできないだろうと言うことはできる。だから私共は今が地震予知研究をまっとうな軌道にのせる事のできる好機だろうと、こうして皆さん方にも訴えさせていただいているのだ。
 今一番困っているのは人材の絶対不足だ。かりに多少の研究費はあっても、研究を進める人材がいない。研究所も大学も「ムラ」に支配されて、このような研究のためのポストは全然ない。若い人たちは、大学院生のときにはそれをやるが、その後は全く別のところに就職するか、ポスドク浪人になって手弁当で研究を続けるかということになるが、それではなかなかつづかない。その一つのソリューションとして“地震予知学講座”というものをどこかの大学に作ってくれないか、というのが我々のささやかな願いだ。
 もう少し言うと、地震防災関係のわずか数パーセントに当る数億円程度でもいいから、長期的かつ継続的に出れば、我々は地震予知がうまくできるようにすることが出来る。今必要なのは百億円単位の資金ではなくて、研究のシーズを発芽させるために比較的小額の予算でよい。簡単に言えば教育だ。のんびりした話だといわれることかもしれないが、教育は比較的早く実を結ぶ。しかし、このようなことすら、この世では進まない。なんとか民間企業の寄付などで、大学の冠講座とか、研究センターを造ることができないか? 国難といわれる財政緊迫のこのときだからこそ、乏しい資金を有効につかうべきではないか。

図24

 教訓的だと思い、いつもこれ(図24)を学生に見せて終わるのだが、現時点ではやや複雑な問題も含んでいるようだ。「今、駄目だから止めろ」か「今、駄目でもやれ」か、は一般論の世界だ。地震予知に関しては、私は断固として「やれ」派だ。では原発の場合にはどうか?「今は出来なくてもいつかは出来るようになる。それが人類発展の歴史だ」という議論もあるが、「今、断じてやるべき」と言える段階ではないのではないか?事故の被害の大きさが途方もないからだ。これから先は皆さんの議論にお任せしよう。
Source: 「日本の地震予知」講演要旨, 原子力システム懇話会 第21回会員総会 特別講演, 2011年6月21日
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