日本政府よ なぜ衛星デメテールの「前兆情報」を黙殺するのか

* この記事は、10月8日に放送された噂の東京マガジン今週の中吊り大賞に選ばれました。

小誌が二回にわたって紹介した地震研究の新分野に諸外国も真剣に取り組み、フランスでは2002年に観測衛星「デメテール」の打ち上げが予定されている。しかし、この衛星のデータ解析の正式な協力依頼を日本は断ってしまった。日仏の研究機関で何があったのか。

 フランスが打ち上げを予定している人工衛星の名は、「デメテール(DEMETER)」。ギリシャ神話の大地と豊穣の女神の名をつけられたこの衛星は、日本を含む四百の地震地帯を通過することになっている。
 しかし、この衛星デメテールについて、小誌は驚くべき情報を入手した。
 地震大国である日本が、フランスの共同研究の要請を断ったというのである。
 いうまでもなく、衛星の打ち上げにかかるコストとリスクは莫大なものだ。フランス政府が衛星を打ち上げてまで提供してくれるデータを、なぜ日本が活用しようとしないのか。
 衛星の打ち上げを担当するCNES(フランス国立宇宙研究センター)の計画産業事業局、パスカル・ユトレ=ゲラール女史がその経緯を語る。
「人工衛星デメテールの主眼は、地震や火山活動による電磁気の観測です。ミッションは二年間で、費用は全額CNESの予算から出します。」
 衛星は、地震前ばかりでなく、地震中、地震後の電磁気も測ります。とにかく調査してみて、すでに日本やギリシャなどで行われた地上観測と比較すると、興味深いものになると思います」
 CNESは、日本側窓口のNASDA(宇宙開発事業団)に、衛星からのデータを受信し、解析して欲しいと正式に依頼した。
 ゲラール女史の話を続ける。
「99年2月、日仏の地球観測グループの会合で、このプロジェクトのデータ受信施設を日本に作り、直接受信しないかと提案しました。しかしNASDAはこの道を取ることを欲しませんでした。
 NASDAが降りた理由は私にはわかりません。仮定ですが、日本の科学技術庁が主導する、この分野の研究計画が継続されないことが原因ではないでしょうか。『現段階では、電磁気のサインによって地震を探知することはできない』と評価されたということでしょう」
 もちろん、この衛星ではすぐに地震の前兆が検知できるわけではない、とゲラール女史も認める。

新分野研究を評価する七人

「衛星デメテールを打ち上げる動機は、科学界が行おうとしている計画を比較的安価に実現できるようにすることです。まさにサイエンス、科学のための衛星であって、実用の道具ではありません。ですから2年間のミッションの段階で、予知に成功するとは言えない。なにか電磁波の微候が現れたとしても、地震の事後に判明することもあるでしょう。もちろん、予知ということも頭のどこかで期待してはいますが」
 フランスで、この新分野の研究に携わるLPCE(環境物理化学研究所)のミッシェル・パロ博士も、こう残念がる。
「日本に遠隔計測のステーションをおけないと、得られるデータが減ります。とくに、津波の電離層への影響が観測できなくなる。我々は、地震活動による電離層の障害について、最大限の情報を集めたい。地上にアンテナを設置して観測することもできるが、大きな地震はそう頻繁にないので、衛星でなるべく多くの地震地帯の上空を通過し、最大限に観測したいのです。
 衛星デメテール計画には日本が参加しないのは残念だ。日本ではすでに多くの学者が、この衛星で受信する予定の電磁波現象を地上で観測しているので、我々はまだ日本との協力に関心がある。NASDAが参加しなくても、科学者同士で協力は進んでいます」
 それにしても、なぜ日本はデータの直接受信の申し出を断ってしまったのか。
 日本側のNASDA地球観測センターは、来年1月の日仏合同ワークショップまではあくまでも正式決定ではないと前置きして、
「現時点で、NASDAとして直接受信する考えはありません。理由は、まず、設備投資費用がかかること。衛星からデータを受信するアンテナや機器、それを運用する人件費を考えると、数億円は必要でしょう。そこまで投資できるほど、地震の電磁波研究はメジャーな分野ではない。
 電磁波の変動と地震に関係があると主張なさっているのは一部の研究者だけで、オールジャパンとしては足並みが揃ってないようですから・・・」
 つまり、地震の電磁波観測は日本では広く認められていないから、フランスの衛星データ受信には取り組めないというのだ。
 五カ年計画だった早川教授ら電通大とNASDAの電磁気異常観測の共同研究も、今年度で予算は打ち切り。科学技術庁・地震調査研究課では、研究の成果を他の地震電磁気研究プロジェクトで引き継げないか、検討中だという。
 この研究予算は打ち切られてしまうのは、
「NASDAと電通大との研究については、外部の評価委員によって2月の『中間評価報告書』をもとに判断しました。報告書は、地震電離層(原文ママ)の研究に関しては、意義ある成果は難しいという評価です。様々な手法に幅広く取り組み過ぎているようです。(注:どの手法が有望か不明故、幅広く行うのが早川氏の主張)また、研究を始めてからの5年の間に、阪神淡路大震災クラスの地震が起きなかったので、大地震のデータもありません。まだまだ、客観的なデータを地道に積み上げていく段階にあるということですね(<だったら地道に継続せんかぃ:素朴なツッコミ)」(NASDA・地球観測データ解析研究センター)
 この外部の評価委員は全部で七人。評価委員長には、井田喜明・火山噴火予知連会長が就いている。
 地殻変動を調べる従来の地震研究が、新分野を評価するのは難しいのでは無いか。
 評価委員の中で、地球電磁気学を専門とする浜野洋三・東京大学教授に聞くと、
「確かに、評価報告書の『投入した経費に見合う成果が出ているとは言い難い』という文言は厳しいかもしれない。そもそもサイエンスとは、実用段階に至るまで、海のものとも山のものともわからないのが普通ですから。
 フランスの電磁波衛星データを直接受信するのも否定しませんけどなぁ。既にあるアンテナを利用して、データを処理すればいいのかと思ったが、それ以上にカネがかかると、NASDAの専門家が言うんだから仕方ない」

  中略

 ある科学ジャーナリストがいう。
「日本では、この三十年間、地殻変動を調べる従来の地震研究に千六百億円もの研究費を投入しながら予知ができなかった。そのメンツとカネの既得権があるから難しいでしょうね」
 確かに、前出の浜野教授の主張するように、地震のメカニズムを研究すること重要であろう。しかし、諸外国で可能性があるとしている地震予知研究に、地震大国である日本は、もっと目を向けてもいいのではないか。
 フランスの観測衛星「デメテール」への研究協力をとっても、自国で衛星を打ち上げるコストとリスクに比べれば、データ直接受信にかかる費用ははるかに少ない。
「せっかくフランスが衛星を打ち上げるのですから、そのデータを最大限に受け取り、研究に生かしたい。予知のメカニズムが解明されていないと批判されますが、未知のものに取り組むからこそサイエンスなのです。わかってしまってからやるのでは、実用にすぎません」(早川教授)

Source: 週刊文春 2000.10.12

[DEMETER]